この前の日曜日の早朝に亀戸天神へ行きました。2週間に一度くらいの頻度で天神入り口がある蔵前橋通りは車で走っているのですが、境内に入ったのは二十数年ぶりです。

境内からはスカイツリーも見えて、周辺には背の高いマンションも随分増えたように思いました。ここから見上げる空も狭くなってしまったようです。

早朝の神社やお寺は空気が澄んでいることもあり、厳かな雰囲気を感じます。特に冬の朝は格別ではないでしょうか。身が引き締まる思いがします。ご先祖様たちは日々こういう世界に生きていたのでしょう。

厄年に当たる年齢の案内看板が目に入りました。その看板には62歳の後厄までの記載しかありません。

63歳になったら厄から解放されたと喜んでいいのでしょうか? おそらく63歳を迎えたら、身体的には毎年が厄年のようなものと覚悟が必要なのでしょう。

しばらく境内を歩いていたら石碑があり、そこには「和魂漢才」とありました。戦後教育を受けた私の世代には「和魂洋才」の方が馴染み深いかもしれません。 

亀戸天神は江戸時代に太宰府天満宮に倣い建立されたようです。心字池、太鼓橋及び社殿は似ていると思いました。

ただ、大宰府天満宮にある私が好きな長い参道が見当たりません。元からないのでしょうか? それとも蔵前橋通りの開発整備で姿を変えてしまったのでしょうか?

些細なことに興味が尽きません。